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   <title>日本の世界遺産、アジアの世界遺産</title>
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   <subtitle>豊かな自然と文化を世界に誇る日本の世界遺産、そしてアジア各国の数多くの世界遺産。日本とアジアの世界遺産をご紹介します。</subtitle>
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   <title>バールベック遺跡【レバノン】</title>
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   <published>2007-12-07T09:09:27Z</published>
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      1984年に、ユネスコの世界遺産（文化遺産）に登録されたバールベック遺跡。
この「バールベック」と呼ばれる遺跡は、レバノンの東部ベイルートの北東約85キロメートル離れた所、ベカー高原の中央にあります。
この地にフェニキアの神ハダド（バアル）が祀られていた事から由来して、バールベック（Ba‘labakk）、アラビア語で「ベカー高原の主神」を意味する言葉が用いられたようです。
つまり、バールベックは、フェニキア系の神々の聖地だったと推察することができます。
バールベック遺跡は、三祭神をそれぞれ祀る三つの神殿から構成されていて、その三祭神とはギリシア・ローマ系の神々と交ざりあった結果登場した、ジュピター、ビーナス、バッカスという祭神なのです。
ローマ帝国の手によって、1世紀頃に最初の神殿が築かれました。
しかしコンスタンティヌス帝がキリスト教を正教と定めてしまい、三つの神殿の破壊が進みました。
結果、神殿はキリスト教の教会へと役割を替えられてきてしまったのです。
ジュピター神殿の大部分は損壊していますが、神殿跡に残る6本大列柱は、バールベック遺跡の象徴となっています。
      
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   <title>ビブロス遺跡【レバノン】</title>
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   <published>2007-12-06T00:47:56Z</published>
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      1984年にユネスコの世界遺産（文化遺産）に登録された「ビブロス」。
この「ビブロス」は、レバノンの首都ベイルートの北へ約30キロメートル離れた所にある、地中海沿岸の都市のことをいいます。
また『ビブロス』とはギリシャ語でbublos（パピルス）の意味を持ち、バイブル（聖書）の語源にもなったと伝えられています。
ビブロスはエジプトとの正に交易窓口として栄えました。しかしローマ帝国の支配下に入った12世紀頃からは、十字軍を迎え撃つために町全体が要塞化してしまいました。
その後、ベイルートなど他の町に交易の拠点としての地位を奪われて、衰退の一途を辿りました。
ビブロス遺跡で発掘された出土品は、現在ベイルート国立博物館に保存されています。
ビブロスにフェニキア人が居住し始めたと言われているのが、紀元前3000年頃から。
そのフェニキア人の発祥の地としても有名なビブロスにて、アルファベットの源となっているフェニキア文字が生まれました。
このことから、ビブロスは「アルファベット発祥の地」とも言われているのです。
      
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   <title>パルミラ遺跡【シリア・アラブ共和国】</title>
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   <published>2007-12-05T00:46:16Z</published>
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      1980年に、ユネスコの世界遺産（文化遺産）として登録された、シルクロードの東西を結ぶ要所として砂漠の真ん中で栄えた都市『パルミラ』。
シリアの首都ダマスカスの北東にあります。
このパルミラは、ダマスカラの北東約200キロメートルの砂漠の真ん中に位置しながらも、水と緑溢れるオアシス都市でした。
北からなるワジアブオベイド川と、西からなるワジアイド川が形成する扇状地に建設されました。
長旅の疲れを落とす為の大浴場、旅道具を売る商店、豪華な大劇場といった娯楽施設、外国人商人の為に様々な国の神を祀った神殿までもがあったそうです。
町の大通りは全長13キロメートルもあり、列柱には彫像が飾られていました。
中央広場では盛んに市場が開かれ賑わいがあり、その関税によって町は莫大な利益を得ていたのです。
シルクロードを行き交うラクダの隊商交易の中継地として、約400年もの間、繁栄し続けました。
のです。
      
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   <title>古代都市ダマスカス【シリア・アラブ共和国】</title>
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   <published>2007-12-03T06:36:49Z</published>
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      旧市街に残る歴史的な構造物として、1979年にユネスコの世界遺産（文化遺産）として登録された、中東でも最古の都市の1つである『古代都市ダマスカス』。
バラダ川の南側に位置するダマスカス旧市街。
エジプト、メソポタミア、地中海地域を結ぶ交通の要衝の地として形成されました。
ダマスカス旧市街は、城壁に囲まれた歴史のある地域です。
アラブ人が13世紀から14世紀にかけて、十字軍やモンゴル帝国の侵略を防ぐために建築したものが、現在まで残されている城壁です。
新約聖書にも登場したとされている道は、東西に真っ直ぐと走っていましたが、現在のダマスカス旧市街は、狭く入り組んだ道になっています。
この城壁はローマが最初に建設したと言われています。
またこのダマスカス旧市街地には、世界最古のモスクと言われる『ウマイヤド・モスク』もあります。
モスクはイスラム教の4大聖地の1つにも数えられ、ウマイヤ朝の支配下にあった715年に建築されました。
      
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   <title>サマルカンド‐文化交差路【ウズベキスタン共和国】</title>
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   <published>2007-12-01T09:53:19Z</published>
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      その当時の建物を含めた文化の交差点として、2001年にユネスコの世界遺産（文化遺産）として認定された、サマルカンド‐文化交差路。
14世紀末〜15世紀にティムール帝国の首都として繁栄した「サマルカン（Samarkand）」は、ティムールの子、ウルグ・ベクの時代に天文台が築かれたといわれています。
この地域は「青の都」とも呼ばれています。
その由来は、ステップ気候から地中海性気候への移行部特有の抜けるような青空を持つということと、モスクの色とを合わせて、こう呼ばれるようになったそうです。
ギリシャ史料では、「マラカンダ」の名でも有名です。「マラカンダ」とは、紀元前4世紀のアレクサンドロス
3世が率いるマケドニア王国遠征軍に最後まで抵抗したソグド人、その都市のことを「マカランダ」といいます。
市街地内部には、ティムールの墓廟であるグーリ・アミールやビビ・ハヌム・モスク等が築かれています。
また、シャーヒ・ズインダ廟群が築かれているのは、
アフラシアブになります。
機械・化学・綿花・絹・皮革関係の工業が盛んなサマルカンド。
人口は約38万人、アムダリヤ川の支流であるゼラフシャン川河岸に位置しています。
      
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   <title>ブハラ歴史地区【ウズベキスタン共和国】</title>
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   <published>2007-11-30T09:34:08Z</published>
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      ウズベキスタン共和国の都市の一つであるブハラ歴史地区（Buxoro）。
このブラハ歴史地区は、ブハラ州の州都に指定され、1993年にユネスコの世界遺産（文化遺産）に認定されました。
ブハラ歴史地区は、ザラフシャーン川下流域に位置し、古代よりオアシス都市として栄えていました。
ブハラ・アミール国（ブハラ・ハン国）の首都が置かれ、西トルキスタンにおける政治・文化の中心都市でもありました。
近世のペルシア語文学の発達に、このブハラ都市が残した足跡は大きく、住民の大多数が現在では民族籍上ウズベク人とされています。
しかし住民の間では、ペルシア語系のタジク語が広く話されています。
ですので、タジク人としてのアイデンティティを有する複雑な民族構成となっているのです。
ブハラの都市名はアミール国期まで、この地域の伝統的な書写言語であった近世ペルシア語・チャガタイ語で「Bukha-ra-」と表記されていました。
諸外国語の表記では「Bukhara」または「Bokhara」とされることが多いようです。
日本語では、ボハラと書かれていました。
      
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   <title>アッシュール(カラット・シェルカット) 【イラク共和国】</title>
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   <published>2007-11-29T12:25:33Z</published>
   <updated>2007-11-29T13:00:30Z</updated>
   
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      イラク共和国の文化遺産であるアッシュール(カラット・シェルカット) 。
アッシュール（アッシュル）とは、アッシリアで初めて首都となったチグリス川西岸の都市、そしてこの都市を中心とした地域のことで、現在のイラクで言うと、カラット・シェルカットに位置します。
紀元前14世紀後半から、アッシュールナシルパル2世が統治していた頃まで、都市アッシュールは、アッシリア国王の都市として栄えていました。
そしてその後、アッシュールナシルパル2世によって、カルフ（ニムルド）へと首都が移されることに。
「都市アッシュール」は、アッシリアの宗教的な中心として、イシュタルとアッシュールの神殿とともに、その重要性を維持し続けました。また神の名前でもあり、「都市アッシュール」、この都市を中心とした地域の「アッシュールの地」、そしてこれらの地を守護する「アッシュール神」が全く同一の名前でいわれています。
これは、メソポタミア諸都市の中でも特異なこと言えるでしょう。
      
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   <title>バーミヤン渓谷と古代遺跡群【アフガニスタン・イスラム共和国】</title>
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   <published>2007-11-27T07:07:47Z</published>
   <updated>2007-11-27T09:00:36Z</updated>
   
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      ユネスコ世界遺産の文化遺産に登録されているバーミヤン渓谷（バーミヤーン渓谷）は、アフガニスタンの首都カブールから北西の山岳地帯に位置しています。
ヒンドゥークシュ山脈山中の渓谷地帯にあるバーミヤーン（バーミヤン）の町。
このバーミヤン渓谷は標高2500メートル程の高地にあります。
石窟仏教寺院が開削されていた、古代からある都市バーミヤーン。
仏教美術の優れた遺産として有名で、石窟の数は1000以上にもなり、グレコ・バクトリア様式の流れをくんでいるそうです。
みなさんがよくわかると言えば、アメリカ合衆国に対する国際テロの指導者とみなされていたオサマ・ビンラディン。
このビンラディンを保護していた「タリバーン」によって、大仏が２体も破壊されてしまったところ。
それがこのバーミヤン渓谷なんです。
そう言えば、おわかりになる人もいるかもしれませんね。
      
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   <title>ジャームのミナレットと考古遺跡群【アフガニスタン・イスラム共和国】</title>
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   <published>2007-11-26T04:24:42Z</published>
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      アフガニスタン・イスラム共和国の文化遺産である、ジャームのミナレットと考古遺跡群。
ジャームのミナレットは、このグール朝における、最高の建築技術とも言われています。
後にジャームミナレットの影響を受け建設されたといわれている「クトゥブ・ミーナール・ミナレット」が世界最高の高さを誇りますが、その影響力はすばらしいものですよね。「ジャームのミナレット」は、世界第二位の高さを持ち、ハリー・ルード川とジャーム川が合流するほとりにあり、グール朝のスルターン、ギヤースッディーン・ムハンマが築いたとされています。
このジャームのミナレットの【ミナレット】とは「尖塔」を意味しています。
またジャームのミナレットは、八角形の土台の上に立ち、高さはなんと60メートルもあります。
特徴としては、ブハラで発展を遂げた幾何学模様やクーフィー体アラビア文字の刻印、また青色のタイル小職の褐色の煉瓦があげられます。
      
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   <title>城跡都市バクー、シルヴァンシャー宮殿、乙女の塔【アゼルバイジャン共和国】</title>
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   <published>2007-11-24T10:54:47Z</published>
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      アゼルバイジャン共和国の文化遺産である、城壁都市バクー、シルヴァンシャー宮殿、乙女の塔。
これらは国内で雄一、ユネスコ世界遺産に登録されました。
当時は、ゾロアスター教徒であるベルシア人が多く住んでいました。
しかし後に、イスラム教徒のアラブ人が到来し、またさらにはアゼルバイジャン人の先祖と言われているテュルク系の遊牧民が侵入してきました。
このようにさまざまな民族がまじることにより、城壁都市バクーはアゼルバイジャン固有の文化をはじめ、イラン、ロシア、アラブなど、さまざまな国の文化の影響を受けるようになりました。
ですので、この城壁都市バクーは独特な景観をもっています。
これらの文化遺産は、カスピ海に位置し、アゼルバイジャン共和国の首都バクー旧市街にあります。
イチェリ・シェヘル（アゼルバイジャン語で「内城」の意）」と呼ばれている城壁都市バグー。
この城壁都市バクーは、もともとアゼルバイジャン共和国の東部にあるシルヴァン地方の主要都市で、この城壁都市バクーの存在が確認されたのは、およそ10世紀以降だそうです。
      
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   <title>エスファハーンのイマーム広場【イラン・イスラム共和国】</title>
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   <published>2007-11-23T09:33:17Z</published>
   <updated>2007-11-23T11:00:21Z</updated>
   
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      イラン・イスラム共和国の文化遺産である、エスファハーンのイマーム広場。
古くから東西交易の要衝だったイスファハンは、イラン高原の砂漠の真ん中にある緑の町のことをいいます。
このイスファハンにあるザーヤンデルード川が、この町をオアシスとして発展させてきました。
イスファハンを首都に定められたのは1598年。
当時の国王サファーヴィー朝第5代の国王アッバース一世によってです。
17世紀には繁栄の頂点にまで達しました。
そして、この町の中心部にあるのが「イマーム広場」です。
正式名称は「メイダーネ・ナクシェ・ジャハーン」(世界の肖像の広場)。
しかし、かつてイマーム広場は、メイダーネ・シャー」(王の広場)とも呼ばれていました。イマーム広場のまわりは、タイル（青を基調とした精密なアラベスク模様のタイル）で覆われ、荘厳なモスクや宮殿によって囲まれ、巨大なバザールが広がっています。またその美しさに世界中から人や富が集まっていました。「ここイスファハンには世界の半分がある」と言われるほど繁栄していたそうです。
      
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   <title>カトマンズの渓谷【ネパール王国】</title>
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   <published>2007-11-21T12:08:48Z</published>
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      1979年にユネスコの世界遺産（文化遺産）に登録された、カトマンズ渓谷（カトマンズけいこく）。
カトマンズ渓谷は、ネパールの首都カトマンズにあり、その盆地一帯をカトマンズ盆地と呼びます。
カトマンズには、ダルバール広場、シヴァ寺院、クマリの館、クリシュナ寺院、パタン博物館、スワヤンブナート、パシュパティナートそしてボダナートなど宮殿・寺院・史跡も数多く存在し、良く知られています。
またカトマンズ盆地にある都市には、数多くの、そしてさまざまな神々の像がたたずみ、住民たちはブッダもヒンドゥーの神々も区別することなく祈りを捧げています。信仰の形を象徴する存在で、仏教徒からもヒンドゥー教徒からも、共に女神の化身として信じられているのが、生き神「クマリ」です。
世界遺産には、カトマンズ渓谷と共に周囲のカトマンズ、パタン、バクタプルという3つの古都と、4つのヒンドゥー教および仏教の建造物群が複合遺産として登録されています。
3つの古都には、ネワール様式の歴史的建造物が数多く残されていて、その建造物は15世紀頃のマッラ王朝時代に建てられたものといわれています。
またカトマンズ盆地の地層からは、淡水魚の化石が発掘されていて、数千年前までは湖だったと神話にも記述されています。
      
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   <title>聖地キャンディ【スリランカ民主社会主義共和国】</title>
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   <published>2007-11-19T03:18:20Z</published>
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   <summary>シンハリ朝最後の都、古都キャンディ（Kandy）。 古都キャンディは、スリランカ...</summary>
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      シンハリ朝最後の都、古都キャンディ（Kandy）。
古都キャンディは、スリランカの中央部の盆地に位置していました。
1815年に古都キャンディがイギリスの植民地となったことで、シンハリ朝は滅亡しました。
しかし、王権の象徴でもあった仏陀の犬歯はダラダー・マーリガーワ寺院（仏歯寺）に残されて、現在にいたるまでスリランカにいる仏教徒のあつい信仰を集め、また1988年には、仏教の聖地として、「聖地キャンディ」の名前でユネスコの世界遺産（文化遺産）に登録されています。
伝説によると、仏歯がもたらされたのは、4世紀頃インドの女王がこの国に嫁いだ時だといわれています。
そしてダラダー・マーリガーワ寺院（仏歯寺）は、シンハリ朝の仏歯を祀るために、16世紀に建設されたそうです。
18世紀になると、仏歯を外に持ち出す祭り『ペラヘラ祭り』が始まりました。
この仏歯は、普段はダラダー・マーリガーワ寺院内部で大切に保管されていますが、この時だけ外に出されるそうです。
真夏に行われる年に一度のペラヘラ祭り。
この祭りがクライマックスになると、80頭もの象（＝神聖な動物）の行列の周囲で、3000人以上もの人々が踊っています。
      
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   <title>アンコール遺跡【カンボジア王国】</title>
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   <published>2007-11-17T12:12:00Z</published>
   <updated>2007-11-17T13:00:39Z</updated>
   
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      カンボジアの北西部、トンレサップ湖の北部にあったアンコール王朝時代の遺跡群、それがカンボジアの奥深いジャングルに眠るアンコール遺跡です。
20世紀後半に、20年以上も続いた内戦で遺跡は荒れ果ててしまい、ユネスコは1992年に世界遺産（文化遺産）として認定しました。
またそれと同時に、危機遺産リストにも登録されました。世界遺産として有名なアジア最大の石造寺院アンコール・ワット。
それを筆頭に、1,000を超える石造建築の大遺跡群は、
9世紀から600年間にも渡って巨大国家『アンコール王国』によって築かれました。
その中でも、アンコール遺跡群はクメール王朝時代の首都の跡でした。
このアンコール遺跡群は、スーリヤヴァルマン2世（1113-45年）とジャヤーヴァルマン7世（1181-1201年）とによって、建設されたと言われています。
特に、スーリヤヴァルマン2世がアンコール・ワットの建設を行い、ジャヤーヴァルマン7世がアンコール・トムの建設を行ったそうです。
その後、外国からの支援やカンボジアの多くの人たちの努力や熱意によって、徐々に修復され、またその成果を挙げたため、2004年にユネスコは「アンコ−ル遺跡群」を危機遺産リストから除外しました。
      
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   <title>ボロブドゥル寺院遺跡群【インドネシア共和国】</title>
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   <published>2007-11-16T09:22:46Z</published>
   <updated>2007-11-16T11:00:27Z</updated>
   
   <summary>ユネスコ世界遺産（文化遺産）に1991年に登録された、ボロブドゥール寺院遺跡群。...</summary>
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      ユネスコ世界遺産（文化遺産）に1991年に登録された、ボロブドゥール寺院遺跡群。
このボロブドゥル寺院遺跡群は、インドネシアにあるジャワ島の中部に位置します。
このボロブドゥル寺院遺跡群は、8世紀〜9世紀にかけてこの地方を支配していたシャイレンドーラ王朝によって建てられた大乗仏教寺院です。
密林とメラピ山の大噴火による火山灰との中に埋もれた大乗仏教寺院。1814年にイギリス人によって発見されるまでは、地元の人々にさえも忘れさられたままでした。また記憶にも新しい2006年に起きたジャワ島の大地震。この地震では、寺院の石塔の一部が崩れるなどの被害も受けています。
ボロブドゥール寺院は、寺院自体が大きな曼荼羅を形成し、その景観はアンコール・ワットと比較されうるほど壮大なものです。
ボロブドゥールの建造物は、仏教の「三界」といわれている「欲界」「色界」「無色界」という世界観を表しています。
回廊には釈迦をめぐる様々な物語が刻まれいます。
その回廊をたどって先の頂上に到達すると、７２のストゥーパが整然と配置されています。
これらのストゥーバの中には、釈迦如来座像が置かれており、格子の間からほんの少しその姿を見ることができます。
      
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